はじめに:「書くことは楽しい」と思えることがゴール
小学校で「作家の時間」という実践をしています。この時間は子どもたちが自由に書くことを楽しむ貴重な時間です。「自分でテーマを決めて書いていいよ。」と言うと、ほとんどの子が物語を書き始めます。それはきっと、「書くこと=お話を作ること」というイメージが、どこかしら刷り込まれているからかもしれません。
しかし、このブログを通じて、そして日々の指導を通じて伝えたいのは、もう一つの、そして「自分らしさ」をより直接的に表現できる文章の形、**随筆(エッセイ)**の楽しさです。
論説文や物語文が文章の大きな部分を占める小学校の教科書の中では、自分の気持ちや考えたことを**「徒然なるままに」**書き綴る随筆に触れる機会は、残念ながらあまり多くありません。だからこそ、自分の心の中をありのままに表現する随筆の楽しさを、子どもたちにこそ味わってほしいと強く願っています。
このブログでは、子どもたちが随筆・エッセイを書くことに興味を持ち、その楽しさを発見するための具体的な指導法やアプローチについて、実践例を交えながらご紹介します。
目次
- 随筆(エッセイ)とは何か?:物語との違い
- なぜ随筆を書くのか?:「自分らしさ」の表現
- 指導の壁:子どもたちが随筆を「書かされるもの」と感じる理由
- 随筆指導の鍵:先生の「小話」と「失敗談」
- 具体的な実践例1:子どもの頃の「冒険」エピソード
- 具体的な実践例2:まさかの「失敗」エピソード
- 書く「ネタ」は日常の小さな出来事の中にある
- 実践的な導入:1分間の「集中体験」ライティング
- 表現力を高めるヒント:心の動きと客観的な描写
- 【まとめ】随筆・エッセイを書く楽しさのゴール
1. 随筆(エッセイ)とは何か?:物語との違い
子どもたちがまず「書くこと」に物語を選ぶのは自然なことです。物語は、登場人物がいて、出来事があって、結末がある、という分かりやすい構造を持っています。
一方、随筆やエッセイは、作者が経験したこと、感じたこと、考えたことを自由に書き記す文章です。
特徴 | 物語(小説) | 随筆(エッセイ) |
主な内容 | 架空、または再構成された出来事 | 筆者自身の体験、感情、意見、考察 |
目的 | 読者を楽しませる、感動させる | 筆者の心の内を表現する、共有する |
構成 | 起承転結などのストーリー展開 | 自由、テーマに沿って連想的に展開 |
「森へ」(星野道夫)のような文章が教科書に載ることがありますが、これらはまさしく筆者の考えや体験が色濃く出た随筆文に近いものです。子どもたちには、**「特別な話でなくていい、あなたの気持ちが主役の文章だよ」**と伝えます。
2. なぜ随筆を書くのか?:「自分らしさ」の表現
論説文は「主張」を伝え、物語文は「出来事」を伝えるのに対し、随筆は、自分の「好き」「嫌い」「面白い」「悲しい」「こう思う」といった感情や考えを、制約なく表現できる場です。
- 自己肯定感の育成: 自分の内面を表現し、他者に読んでもらうことで、「自分はこれでいいんだ」という自己肯定感を育むことができます。
- 多角的な視点の獲得: 同じ出来事(例:運動会や遠足)を経験しても、人それぞれ感じ方や着目点が違うことに気づけます。
- 共感と交流: 自分の考えを表現することで、友達との共感が生まれ、より深い交流につながります。「私もそう思った!」や「そういう考えもあるんだ!」といった発見の喜びを味わえます。
3. 指導の壁:子どもたちが随筆を「書かされるもの」と感じる理由
「作家の時間」で自由に書くことに慣れている子どもたちも、いざ「随筆を書こう」と指導すると、途端に筆が止まってしまうことがあります。なぜでしょうか?
それは、彼らが随筆的な文章を、**「義務的な振り返り作文」**として体験していることが多いからです。
- 「運動会の振り返り」
- 「修学旅行の振り返り」
- 「遠足の振り返り」
といったお題が決まっている作文は、書かされる文章、つまり**「自分でテーマが決められない」**文章になりがちです。テーマが決められた時点で、子どもたちにとって随筆は「楽しい表現活動」ではなく、「先生に提出する宿題」になってしまうのです。
この壁を打ち破るには、随筆の定義を根本から覆す必要があります。
4. 随筆指導の鍵:先生の「小話」と「失敗談」
子どもたちに随筆の楽しさを伝える最も効果的な方法は、「先生自身が書いた文章」を例として示すことです。しかも、それは大した話でなくていい、むしろ笑える話や失敗談の方が効果的です。私は最初は文章として子どもたちに提示するよりも、小話として話をした上で「今言ったようなお話を文章にするのが随筆だよ」と伝えるようにしています。そう伝えることで、子どもたちは「なんだ、そんなことでいいのか。」や「面白そう、自分も書いて友達に読んでもらいたい。」と書く意欲が高まります。
具体的な実践例1:子どもの頃の「冒険」エピソード
私がよく子どもたちに話すのは、小学校時代の少し危ないけれど笑える冒険談です。
昔、私は友達と下水道の土管の中を探検したことがあります。道路の下を200mほど、はいながら進んでいきました。途中で「この辺で出ようか」とマンホールを開けたら、道路のど真ん中だったり。
そして、ついにたどり着いた出口。マンホールから頭を出した瞬間、私たちは驚きました。そこは女子高校のテニスコート!テニスをしていた女子高生が、マンホールからゾロゾロと出てくる小学生6人を見て、目を丸くしていたのです。翌日、先生にこっぴどく叱られたのは言うまでもありません。
この話をすると、子どもたちは身を乗り出して笑います。
【ここで伝えるポイント】
- 状況描写の大切さ: 土管の大きさ、中には水たまりがあったこと、マンホールの蓋を開けた時の状況など、読む人がイメージできるように書くことの重要性を伝えます。
- 会話文の力: 「この辺で出ようか」「何やってんねん!」といった当時の会話を入れることで、リアリティが生まれることを教えます。
具体的な実践例2:まさかの「失敗」エピソード
また別の例として、自らの失敗談も効果的です。
高校生の時、欲しかったレコードを買いに、お小遣いを握りしめて急いで自転車を漕いでいました。踏切に差し掛かった時、慌てすぎて乗っていたドロップ式ハンドルの先端が、降りてきた遮断機に引っかかってしまったのです。
そのまま遮断機に吊り上げられ、ついには遮断機を根元から折ってしまいました。さすがに逃げるわけにはいかず、駅員さんが来るまでの1時間、通りかかる電車のために自分で遮断機を持ち上げたり下ろしたり…。結局、正直に名乗り出たものの、弁償代でレコードを買うためのお小遣いが全て消えてしまった、という話です。
【ここで伝えるポイント】
- 誰もが失敗する: 先生もみんなと同じように失敗をする。その失敗を笑える話に変えることができるのがエッセイである、と伝えます。
これらの話を聞いた子どもたちは、「なんだ、そんな面白いこと書いていいのか!」「それなら俺にも書けそうだ!」と、エッセイへのハードルが一気に下がるのです。
5. 書く「ネタ」は日常の小さな出来事の中にある
しかし、「そんな面白い体験がない」「そんな失敗はしたことがない」という子もいるでしょう。随筆は何も、冒険や失敗といった特別な出来事を求めるものではありません。
「自分が頑張ったこと」「普段の道で見つけた面白い虫」「とてもきれいだった空の色」…自分が「感じたこと」なら、本当に何でもいいのです。
実践的な導入:1分間の「集中体験」ライティング
書くことのハードルを下げるために、こんな活動を取り入れることがあります。
「さあ、今から1分間だけ、この教室の中を自由に動いてごらん。そして、その1分間に起こったことを300字程度の文章にまとめてみよう。」
1分間という短い時間の中でも、子どもたちは驚くほど多くのことを発見します。
- 「〇〇さんが急に立ち上がって変な動きをした」
- 「先生がこちらを見てニコッと笑った」
- 「隣の〇〇さんが話しかけてくれた」
この短い体験を文章にするだけで、子どもたちは「こんな些細なことでも文章になるんだ」と気づきます。
6. 表現力を高めるヒント:心の動きと客観的な描写
「1分間ライティング」を通じて、子どもたちは「何を書けばいいか」が分かります。次に大事なのは、「どう書けばいいか」です。
随筆をより魅力的に、そして「自分らしく」書くためのヒントは以下の2点です。
- 「心の動き」を書く:
- 事実+感情: 「〇〇さんが変な行動をした。」で終わらせるのではなく、**「その時、私は『何言ってんの?』と思った」や「〇〇さんって面白いなあと思った」**など、自分の心の声や感情を必ず添えます。
- 個性が出る: 同じ出来事を書いても、心の動きが違うため、読み比べるとそれぞれの個性やキャラクターが浮き彫りになります。これが随筆の醍醐味です。
- 「客観的な描写」を意識する:
- 五感を使う: 昔の土管の話のように、大きさ、匂い、音、触感など、五感で感じたことを具体的に描写します。
- リアリティの追求: 描写を詳しくすることで、読者がまるでその場にいるかのようにイメージできるようになり、文章に生き生きとしたリアリティが生まれます。
これらの技術的な要素は、一気に教え込むのではなく、小話や体験ライティングのフィードバックの時に、ちょこちょこ話すことで自然と身についていきます。
7. 【まとめ】随筆・エッセイを書く楽しさのゴール
子どもたちにとって随筆を書くことのゴールは、作文の技術を上げることだけではありません。
**「こんなこと書いてもいいんだ!」という発見と、「書くことで誰かが読んで、共感してくれる、笑ってくれる」**という楽しさ、この二つを感じてもらうことが、何よりも重要です。
随筆は、自分の世界を広げる魔法の文章です。
自分の内面と向き合い、小さな発見を大切にし、それを自由に表現する。この活動を通じて、子どもたちは自分自身をより深く理解し、「書くことって楽しい!」と思えるようになるでしょう。
さあ、あなたも「作家の時間」に、あなたの心を揺さぶった出来事や考えを、徒然なるままに書き綴ってみませんか?
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